終了しました!
超盛況御礼!
本日29(水)開催です!
残席わずか。
お問合せは09018582791(西澤)まで
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今年2月に登壇したプロレスラー大谷晋二郎氏の熱い講演は
かなりの好評を博しましたが、プロレス界には大谷氏と同世代で
自らの団体を率いて活躍している方々がまだまだいます。
その中でも、日本のみならず、海外・世界のリングでも活躍し、
帰国後は自らの拠点となる試合会場まで作ってしまった
TAKAみちのく氏は別格の存在といえるでしょう。
講演版「宇宙人ケプラータ」炸裂か!?
★TAKAみちのく(たか みちのく)プロフィール

1973年千葉県出身。プロレスラー。
有限会社かいえんたいどうじょう(KAIENTAI-DOJO)社長。
1992年デビュー。その後みちのくプロレスで頭角を現し看板選手の
1人となり、他団体からも引っ張りだこの存在に。
1997年10月より世界最大のプロレス団体WWF(現WWE)入り。
ライトヘビー級の王者として、また、タッグチームKAIENTAI(海援隊)
としても人気を博す。
2002年に帰国し、故郷千葉に自らの団体KAIENTAI-DOJO設立。
地域に根ざした活動を続けながら他団体へも積極的に出撃している。
■タイトル獲得歴:初代WWEライトヘビー級王座、IWGPジュニアジュニア
タッグ王座、東北ジュニアヘビー級王座、世界ジュニアヘビー級王座
インディペンデントワールドジュニア王座、2005年プロレス大賞技能賞
受賞、他多数。
■著書:TAKAみちのくの毒針日記
ベースボールマガジン社

ギャラ0円が1試合数百万円に!!
零細プロレス団体でデビューし、ノーギャラで細々試合をしていた
無名若手レスラーが、わずか数年後には世界最高峰のプロレス団体
WWE(年商500億円)に所属し、1試合のギャラも最高で7桁(日本円)
まで上昇したことは、業界の外側から見てもサクセスストーリーです。
そのまま海外でのレスラー生活を続けるかと思いきや一転、帰国。
自らの団体兼後進育成のためのKAIENTAI-DOJOを設立し、
生まれ故郷の千葉に拠点BlueField(常設会場+道場+寮)を構えました。

以来、スター選手として自社のみならずあらゆる団体にゲスト参戦しつつも、
社長として多数の所属選手を抱えた組織・会社運営とも格闘している
TAKAみちのく。
そのキャリアを紐解くと、社会人がキャリアを形成してゆく上で
大切なことが学んで取れます。
チャンスは逃さない!!
勝敗が大切なのは事実ですが、試合に勝って勝負に負けるような
状態が続いていてはなかなかスターレスラーにはなれません。
観客を思わず絶叫させるような絶大なインパクトが必要です。
TAKAみちのくのレスラー人生には、業界内でのポジションを大幅
にアップさせた「出世試合」ともいうべきターニングポイントとなった
試合がいくつかあります。
まずは、全国のプロレスファンにその名前とキャラクターと試合ぶり
を印象付けた、1994年の新日本プロレスでのブラックタイガー戦です。
当時所属していたみちのくプロレスは、名前の通り東北エリア限定で
活動している団体(現在も)。
動画サービスどころかインターネット自体も普及していない時代に
おいて、他のエリアに住むプロレスファンにとっては、その試合ぶり
は「週刊プロレス」や「週刊ゴング」に掲載される写真から想像を
膨らませるしかありませんでした。
団体の枠を越えたジュニアヘビー級のリーグ戦にということで、
みちのくプロレスのエースであるグレート・サスケらと名を連ねた
TAKAみちのくでしたが、残念ながらその時点での彼に対する評価は、
『三度笠姿で山本譲二の「みちのくひとり旅」をテーマ曲に入場して
くるようなキャラクター性を買われたのだろう』というものが多かった
ことは否めません。
ところが、全国ネットでオンエアされたこの一戦は、抜擢出場の若手
レスラーと思われていたTAKAみちのくが、既にジュニアへビー級の
トップグループの一角を占めていたブラックタイガーを相手に堂々
渡り合う展開となりました。
何度も場内をどよめかせましたが、特にこれ以上ない衝撃を与えたのが
「宇宙人プランチャ」でした。
ロープに手を触れることなくトップロープに飛び乗るだけでも難易度
は高いのですが、そこからさらに反動をつけて場外の相手目掛けて、
既存の場外ダイブ系の技を超える高さと飛距離で飛んだ一撃は、
全国のプロレスファンのハートを捉え、TAKAみちのくの名を深く刻み
込んだのでした。
(ちなみに特に名称のなかった技でしたが、その動きを控え室の
モニターで観ていた長州力が思わず「あいつは宇宙人か!」と口に
したことから「宇宙人プランチャ」と称されるようになったそうです)。
東北で連日、数十名程度の観客を相手に披露して磨きをかけてい
た技が、単に陽の目を見ただけではなく、技の使い手の人生をも変
えた瞬間でした。
もし、TAKAが普段の試合で「今日はお客が少ないから」と技の出し
惜しみ(磨くことを怠る)をしていたら、果たして大舞台で難易度の高い
この技を決めることができたでしょうか??
誰も見ていなくても手を抜かずに努力を続けることの大切さを学べる
のがTAKAみちのくのプロレスだ!
(参考)試合動画→ http://www.youtube.com/watch?v=Pf6kY9o4z94
もう1試合挙げたいのが、世界最大のプロレス団体WWEへの入団が決
まった一戦です。
1997年、みちのくプロレスのトップであるザ・グレート・サスケのWWE
入団の機運が高まり、そのトライアウトが行なわれることになりました。
ビジネスのシチュエーションに例えるならば、勝負をかけるプレゼン
そのものです。
就職活動ならば最終面接であり、オーディションなら決勝戦です。
とすれば、対戦相手選びは重要であり、自分の持ち味を存分に発揮
することができる信頼のおける相手がふさわしいです。。
そこで指名されたのがTAKAみちのくです。
当然の如く好勝負となったが、予期せぬ事態は試合後に起きました。
WWEの社長ビンス・マクマホンは、サスケよりTAKAを気に入って
しまったのです。
誰も予想していなかったTAKAみちのくのWWE入りが決定したのです。
理由として「黒装束のサスケが悪役にしか見えなかった」など諸説が
ありますが、改めて試合を見直すと、サスケの動きが意気込みすぎなのか
緊張なのか、やや硬かった感があります。
一方で、TAKAは普段通りの動きで違和感がなく安定感で上回って
いる印象です。
また、主役たるサスケを立てる気持ちで臨んだことも正解かもしれません。
TAKAがあわよくば自分もスカウトされないかと、最初から変な色気
を出して試合に臨んでいたならば、ギクシャクした展開からクオリティ
の低い凡戦となり、どちらもWWEに入団できなかった可能性さえある
のですから。
インディーズ団体から世界規模の団体に移籍することで試合のギャラ
もケタが上がりました。
一介の中小企業で働いていた人が、業績のよい外資系企業に転職して
10倍の収入を得たような、キャリアアップに成功しました。
「何がターニングポイントだったか?」など所詮は後付けの分析結果。
今この瞬間が、後々振り返るとターニングポイントであるという可能
性だってあるのです。
常に平常心で、我を張らずに自分の役割に全力で臨むことの大切さを
学べるのがTAKAみちのくのプロレスだ!
(参考)試合動画→ http://www.youtube.com/watch?v=KOQ-R0xdeCU
このように、人生で大切な教訓・メッセージを学び取ることができるのが、
TAKAみちのくの歩んできたキャリアであり試合の数々です。
そして今回は数々のメッセージを講演というフォーマットで伝えてくれるから
必聴です!
★「人生を変えた宇宙人プランチャ」
~龍馬ブームにも浮かれないプロレス界の海援隊~
■2010年9月29日(水)
■19時30分開演(19時開場)
■料金:3000円(当日受付でお支払いください)
■会場:Seminar Studio マナビヤ
渋谷区渋谷2-7-13 ネオメット青山3F
(1Fは洋食「キッチンカトレア」・2FはBAR「GUDEN」)
・各線「渋谷駅」宮益坂方面の出口より徒歩10分
(宮益坂を上がる→青山通りを青山方面へ→スタバ路地入る
→弁当屋左折→前方右手の1Fが洋食「キッチンカトレア」のビル3F)
・地下鉄「表参道駅」B1出口より徒歩10分
(青山通りを渋谷方面へ→スタバ路地入る→弁当屋左折
→前方右手の1Fが洋食「キッチンカトレア」のビル3F
【会場地図】
↓クリックで拡大します(見やすくなります・印刷推奨)
↓クリックで拡大(見やすくなります・印刷推奨)
【渋谷駅から会場への道のり】
↓ まずは宮益坂に出てください
↓宮益坂を上りきると青山通りに合流します
↓歩道橋を渡ってください
↓青山方面(渋谷駅と逆方向)に直進します
↓スターバックスの角を右に曲がります
↓電気屋さんと弁当屋さんの角を左に曲がります
↓直進すると右手に「キッチンカトレア」があります
↓1Fが洋食店「キッチンカトレア」の建物の3Fです
(2FはBAR GUDEN)
1Fに特に看板は出ていませんのでわかりにくいかもしれませんが
ぜひたどり着いてください!
(迷った場合はお電話ください・09018582791)
お申込みはこちらから!
![]()
またはinfo@school-superbreak.com までお名前・ご連絡先・イベント名明記の上お申込みくださいませ
「WRESTLER’S GRAND PRIX 2009 火祭り」
8月8日東京・後楽園ホール
第6試合
2009 火祭り優勝決定戦 時間無制限1本勝負
佐藤耕平(Aブロック代表) vs 崔領二(Bブロック代表)
ともに3ウェイ、4ウェイを勝ち抜いて上がってきた両者。
田中、大谷、関本…。激戦を繰り広げた仲間たちがリングサイドに集まる。
場内、「コーヘイ」コールと「リョウジ」コールが2分する中、リング中央でがっちりと組みあった両者。ミドル、張り手、技というよりも気持ちでぶつかる両者。グラウンドの攻防の中、強引にジャーマンでぶっこ抜いた耕平。耕平はさらに場外にエスケープした崔にダブルフットスタンプ。リングに戻った両者。サッカーボールキックを打ち合う中、耕平は下からの三角絞め。これはロープエスケープ。リング中央で、逆片エビにとられ、苦悶の表情を浮かべる崔。リョウジコールの中、崔の右手がサードロープをつかむ。
5分経過。
赤コーナーサイド、強烈なローキックでダウンを奪った耕平。崔は突進してきた耕平を交わし、バックドロップ。スリーパーで相手の体力を奪う崔。耕平の右腕をとって、上からの三角絞め。耕平の足がロープに伸びる。リング上、キャメルクラッチにとらえた崔。
崔は耕平にドロップキック。カウント2。崔は耕平の頭を踏みつけてから、逆片エビ固めへ。必死の表情でサードロープに逃げる耕平。
10分経過。
コーナーに上った崔。ミサイルキックを交わし、強烈なミドルの連発から、パイルドライバー。カウント2。裏投げからのカウントは2。ミドルを捕まえ、ドラゴンスクリュー。赤川鉄橋。崔領二が攻勢に出る。ブレーンバスターはカウント2。コーナーからのミサイルがさく裂するもカウントは2。
崔は耕平をコーナーに乗せるも、気合いの入った耕平が撃ち落とす。少林寺キックからの雪崩式ブレーンバスターはカウント2。
耕平はスライディングのレッグラリアットを意地で返す。耕平は雪崩式の裏投げも足へのダメージからフォールにはいけない。ポールスターが炸裂するもフォールにはなかなか行けない。膝立ちで気持ちをぶつけあう中、耕平がバックをとる。ロープをつかむ崔。それをふりきった耕平がジャーマンで投げ捨てる。そこに立ち上がった崔がレッグラリアット。
両者ダウンでカウントが入る。8カウントで立ち上がる二人。がむしゃらに張り手をうちあう両者。崔のミドルが耕平の鳩尾に。四つん這いの耕平にスワンダイブの那智の滝改め、シャチの滝。シドマスでたたきつけた崔。とどめとばかりに放ったコーナーからのシャチの滝はカウント2。
20分経過。
スカイキックを交わした耕平はジャーマン。そして、ドラゴン。崔はカウント3を許さない。拳を握った耕平。2段階式のジャーマンもカウントは2。
先に立ちあがった耕平。リング中央、ハイキックをガードした崔は、逆に好きの出来た耕平にハイキックをさく裂。シドマスもカウント2で返す耕平。スカイキック改め、シロイルカキックを交わされるものの、その場で起き上った耕平に顔面キック。カウントは2。
必死に抑え込んだ崔。
24分15秒 レフェリーが3つのカウントを数えた!
崔領二が勝利。
崔領二選手・試合後のリング上でのコメント最後まで熱い声援、心の底からありがとうございました。
(場内大「リョウジ」コール)
2001年に橋本真也さんに誘われてゼロワンでずっとずっと9年間、この火祭り刀を目標に頑張ってきました。
何より支えになったのは皆様のご声援です。
くじけずに一つ一つ初心に帰って、一から皆さんと頑張っていきたいと思っています。
今日は本当にみなさん、どうもありがとうございました。
今日は本当に本当にありがとうございました。
↑学校での講演風景はテレビでも取り上げられた
↑学校だけではなく、経営者としても講演

